インタビュー

30代・Uターン・後継ぎインタビュー第三弾!【有限会社小沢製作所 小澤康寛さん】

【30代・Uターン・後継ぎ インタビュー! 第三弾】

 有限会社小沢製作所 小澤康寛さん

仕事に打ち込めるのは安心して子育てできる環境だから。
品質と技術にこだわりを持って、製造業のこれからを担う。

有限会社小沢製作所 三代目 小澤康寛さんインタビュー!

那須烏山市に会社を構える小沢製作所。主に油圧部品、車や農機具の部品を製造している会社です。
こちらの三代目が小澤康寛さんです。品質にこだわり、高い技術を持つ小沢製作所。ISOも取得しています。
まさに日本の産業を支える製造業の現場で働く小澤さん。また、仕事と子育てについてもお話聞かせていただきました。

プロフィール
那須烏山市出身 烏山高校卒業後、作新学院大学経営学部へ進学。
大学卒業後、株式会社ミヤノ(現シチズンマシナリー株式会社)へ就職。2年間就業したのち那須烏山市へ戻り、家業の小沢製作所で働き始める。現在、社長であるお父様と共に会社を盛り立てている。
※株式会社ミヤノ 2011年にシチズンマシナリー株式会社と経営統合。
 シチズンマシナリー株式会社HP → http://cmj.citizen.co.jp/

自慢は技術ですね。うちにしかできない、他にはない技術を持っているところです。

●どんなお仕事をしていのるか教えてください。

 金属部品の切削加工 主に油圧部品、車や農機具などいろいろ作っています。
取引先は県外の会社で10社くらいです。Bosch(ボッシュ)さんや川崎重工さん、農機具ではヤンマーさんなどの部品を製作しています。作った部品は土浦や金沢、神戸へ納めています。

 ― 大手の企業と取引されているんですね! ―

明るい工場内。たくさんの機械設備が並んでいます。

●小澤さんで何代目ですか?

 自分で3代目です。元々は自宅の裏で細々とやっていたようで、祖父は手作業で部品を作っていたみたいです。ここが建って30年くらいなんですけど、父親が会社を建てて機械も入れて、今のような形になりました。自分が帰って来てからも5,6台設備を増やしています。
ここの地盤があまりよくなくて、設備もこれ以上入らないですし、そろそろ新しい工場を増設する予定です。

 烏山は製造業の会社がけっこうあったのですが、だんだん少なくなってきていると聞きます。
継ぐ人がいなくて廃業しているところがほとんどですが、取引先の要求が年々厳しくてなって、ついていけなくて辞めてしまうというのもあると思います。廃業する同業者の方から『この部品もやってくれませんか?』と依頼が来てうちで製造を引き継ぐこともありますね。

 今は昔と違って、パソコンも使えないといけないし、メールでのやりとりも多いですしね。若い後継者がいないところはそのあたりでも厳しいです。
ボッシュさんなんかはたまに英語でメールくることもあるんですよ。日本語で返してますけど(笑)

 ― 英語対応もしているんですね!そういったお客様の要求に対応していかないとやっていけないということなんですね。 ―

機械操作する小澤さん。

●会社の自慢、イチオシ、こだわりを教えてください。

 自慢は技術ですね。うちにしかできない、他にはない技術を持っているところです。あまり他社でやっていないことができる。取引先の要求に応えられるところですかね。加工ができるところが少ないんですよね。
 部品によっては数あるボッシュさんの外注さんでも3社くらいしか作れない物もあって、そのうちの1社がうちだったり。そういう技術やノウハウを持っている。

 ― 3社しかできないうちの1社が小沢製作所!凄いですね。とても貴重な技術を持っているんですね。 ―

高い技術を持つ小沢製作所。機械を徐々に増やすなど、設備投入にも力を入れています。

 こだわりは品質ですね。
日本は品質がよくて当たり前と思われているので、品質にはこだわってやっています。簡単なものはすぐ海外に注文がいってしまいますから。新しく発注がくるのは難しい物ばっかり。
そういうちょっと難しいことをやる会社がないから、できるところを探してうちに来たりしますね。

 あとは、工場の中をきれいにすることを心がけています。
自分が結構綺麗好きなんで(笑)、きれいじゃないとやる気にならないんです。
綺麗でないと効率も上がらない。工具も何がどこにあるかすぐ分かるように整理整頓しています。

工具もきれいに整理整頓されていました。

整理しておくことで効率も上がります。

小澤さんの工夫が随所に見られました。

 自分が帰ってきてからISO(品質マネジメントシステム ISO 9001)も取りました。ISO取得しているとやはりお客様からの信用も上がりますし。
 このファイルにうちのルールが書いてあり、この通りにやってください、というのをまとめてあります。自分が帰ってきてから作ったのですが、作るのに3年くらいかかりました。コンサルタントの方にアドバイスをもらいながら作って。その後、審査を受けて取得しました。

 ― すごいファイルの厚さですね!3年がかりで。ISOを取得するのは大変なんですね。 ―

ISO取得の際に作成したファイル文書。このファイルに小沢製作所のルールが納められています。

うちもすごい製品をやっているんだなと感じました。
これも一度家を出たからこそ分かったことです。

●地元を離れた経緯と戻ってきた経緯を教えてください。

 大学卒業後、すぐに自分のところで働くのではなく、他で修業した方がいいと思って2年間は株式会社ミヤノ(現シチズンマシナリー株式会社)さんで働いていました。2年の間に福島、長野、岩手と3か所の工場で働いて、大手の現場で経験を積んできました。
ミヤノさんで働いていたのは2年間ですが、外に働きに出て良かったなと思います。
  ― なるほど。同業でも外の世界を一度見てみるのは大事なことですね。 ―

製品や点検に関するシートを作成して管理していました。


 戻ってきたきっかけは、リーマンショックです。
本当はもっといる予定だったんですけど、そのとき働いていたミヤノさんでもやることがなくなってしまって、それで戻ってきました。
 戻ったばかりのときはまだリーマンショックを引きずっていて、うちの会社も暇だったんです。でもその分時間があったので、会社の整理整頓ができました。床も今は緑色ですけど、もとは真っ黒だったんです。時間があったから床を塗り直したり、整理整頓ができました。忙しかったらここまで整理できませんでしたね。

 ― リーマンショックの暇な時期を有効に使ったんですね!マイナスをプラスに変える発想の転換、大事ですね。 ― 

 栃木に帰ってきてからは高根沢町で一人暮らしをしながらここに通ってたのですが、3年前に那須烏山に家を建てて住まいも地元に戻りました。烏山に帰ってきたら「ひらつね」の平野さんに誘われて2年前に商工会青年部にも入って。

製造過程で出る金属スクラップは、市内のリサイクル・廃棄物処理業を経営する「有限会社ひらつね」さんへ回収されます。ひらつねの平野さんと小澤さんはお互い取引先であり、商工会青年部のメンバーでもあります。

●以前と比べて変わったところ、変らないところは?

 以前に比べて公園が少なくなったと感じます。
遊具も老朽化で取り壊されてしまったり。噴水も直す予算がないみたいでそのまま放置になってますし。直したらもっと子どもも遊ぶんじゃないかな、と思いますね。滑り台なんかも昔は滑りがよかったのに、古くなっちゃって滑らないし。
近くに子供を遊びに連れて行くところがない。それで結局、子どもを連れて宇都宮まで行ったりしちゃいますね。

 ― 子どもが遊びたくなるような公園がないとうことですね。 ―

 変わらないのは、地元の人たちですね。
昔も今も全然変わってないなと感じます。年をとってもあまり変わってない。
こっちに帰ってきて、それが安心したというか。山あげ祭とかもずっとやっているし、久しぶりに帰ってきても変わってないと感じます。
ただ、子供神輿の担いでいる子供が減ったなとは思います。昔は子供だけで担げたけど。ここは昔と変わったなと思います。


●一度、外に出たからこそ分かる、いいところ、課題に思うところは?
 課題だと思ったのは、町工場感覚ではなくて、大きな会社と同じことをやっていかないと、と思いました。これは外に出たからこそ感じたことですね。
 会社の中の整理整頓なんかも、ミヤノで働いていたときの経験があるからこそですね。大きいところは工場内の整理整頓もしっかりしていて、いつも綺麗にしていた。自分のところは工具を置く場所も決まってなくて、使いたいときにすぐに見つけられなかったりと、効率が悪かったんです。だから、帰ってきてから自分の会社も綺麗に整理整頓しました。そういう面でも一度外に出てよかったなと思いますね。

 あとはミヤノが大きい会社だったんで、酒飲みとか上下関係なんかも学べました。
一度出なかったら分からなかったですし、ずっと自分の会社にいたらこんなこと思わなかっただろうなと思います。

出来上がった部品もきれいに並べられていました。

他では製造が難しい部品も作られています。

 いいところは、うちもすごい製品をやっているんだなと感じました。
外で働いてみて、うちの会社もよくやってるなと。これも一度家を出たからこそ分かったことです。
うちもすごい製品作っているんですよって従業員さんにも伝えるようにしています。
これはなかなか他じゃできないんですよとか。

 ― 小澤さんが外に働きに行ったことは会社にとってもかなりメリットになってますね。 ―

社長であるお父様。「いずれ代表は息子に引き継ぐけど生涯現役で働きたい。定年がないのはありがたいこと。」とおっしゃっていました。

すべては子供のためですね。
正直、自分なんてどこでも暮らしていけますし。

●暮らしの面でいいところ、課題だと思うところはありますか?

 若い人どんどんいなくなっているじゃないですか。
そういった中でやっぱり子育て世代の人が住みやすい環境を整えていくのがいいんじゃないかなと思います。
お金を使わないで遊べるところがないといけないんじゃないかなと。ちゃんとした公園が一つくらいあった方がいいと思います。そこが課題かなと感じます。

 ― お金をかけずに遊べる場所、確かにそれは大事なことですよね。 ―  

 暮らしの面でいいところは、うちの子どもが自閉症なんですが、発達障害の子の支援がしっかりしています。自分も昔は全然知りませんでしたが、当事者の立場になって初めて知りました。実はこういう支援がいろいろあったんだなというのが分かりましたね。これはいいところですね。

 ― そういった支援があるのは私も初めて知りました。具体的にはどのような支援があるのですか? ―

 発達障害の子の養育場所とか、親と子供が一緒に勉強できる場があります。
幼稚園に入るまでに慣れるようにとか。この支援を知ってすぐ通うようにして、今でも幼稚園が終わった後に行くこともあります。
 うちの嫁さんなんかも悩んでいる時期があったんですが、そこに通うようになって明るくなった。おそらく近隣自治体からも通っている方がいる思います。それだけこういった施設や支援があまりないんじゃないかなと。
そういう支援が手厚くて充実している。そこが自分にとってはすごくいいところですね。


●この街で働くこと、暮らすことについて感じることはありますか?
 働くということでは、製造業だと烏山だけでっていうのは厳しいと思いますね。
市内に取引先はないですし。市外の会社と取引しないとやっていけない。
ただ、やはりうちみたいな製造業が続けていくことによって、平野さんのところ(ひらつね)とかにも貢献できるのかなとは思います。

 ミヤノにいるとき、自分と同じように他県から修業にきている人たちがいたんです。その人たちとはお互いの工場へ戻ってからも連絡を取り合っています。石川県や埼玉、大阪の人もいます。
 お互い似た境遇で、ライバルであり取引先でもあります。うちでそこの部品も1点だけ請け負ったり。このメンバーとは年に1回くらいみんなで集まって飲んだりしているんです。同業で立場も似ているから話も合いますしね。
 お互いの情報を交換しあっていると、これは負けてられないなと思うこともあります。実際、お互いの会社を訪ねて現場も見させてもらってますし。離れているけれど、負けられないなって思いますね。

 ― 素敵なつながりですね!同業者同士の県を超えての繋がり、とてもいい関係ですね。各地の製造業同士、切磋琢磨したら日本の産業全体にもいい影響がありそうです。 ― 

小沢製作所で働く若手従業員さん。

●烏山に暮らすということについては?

 昔から知っている人ばかりなので、気をつかってくれるし自分にとっては安心して暮らせる場所です。
幼稚園の先生も昔から知っていますし。こどもを安心して育てられる環境。
すべては子供のためですね。正直、自分なんてどこでも暮らしていけますし。

●事業を通して分かる「この街ならでは」なことは?

 そうですね~、継ぐ人がいないから、どんどん会社がなくなっていっているんだなと感じます。近くにもあった工場も3年前に辞めてしまって。少しずつなくなっているなと思います。技術を持っているのに、もったいない。継ぎたくないのは、製造業の人気がないから。

 自分だったら、新しい製品ができたときに達成感を感じる部分はあるんですが、他の従業員さんにどうやったら達成感を感じてもらえるかを考えています。少しでも楽しいと感じでもらえるように。なかなか難しいところではありますね。
人と採用するうえで、製造業の魅力をどう伝えるか、それが課題かなと思います。

若手従業員さん(左)と小澤さん。製造業を担う人が減る中で、お二人とも貴重な人材です。

大手では無理なところもできるだけやっていきたい。
子供を安心して育てられる環境だから仕事に打ち込めますね。

●では、小澤さんの仕事に対する想いを聞かせてください。

 品質第一に納期をしっかり守ってやる。
この二つにちゃんとこだわってやっていけば信頼されていく。
短納期の急な依頼もできるだけ受ける。大手では無理なところもできるだけやっていきたい。それが中小の強みかなと。
明日の朝までにこれを作ってほしいとか、そういう無茶なお願いもあるんですけど、
そこを対応して感謝してもらえるとやってよかったと思います。

●最後に、今後やりたいこと、事業でもプライベートでも何でもいいので教えてください。

 まずは工場の増設です。今年の目標は新たに増設して会社を整える。
毎年一年ごとに何をするか計画を立てているんです。昨年は設備投入、今年は工場を増設して広げる。
いきなり大きなことはできませんからコツコツやって、ちょっとずつ大きくしていく。この積み重ねですね。

 プライベートの楽しみはお酒ですかね。お酒が好きなんで、1か月に1回とか、烏山合同タクシーの矢板さんや同級生で飲んでいます。
そういうときはいっぱい飲みますね!今は子供が小さくて家であまりゆっくり飲めないんで(笑)。
子供を安心して育てられる環境だから仕事に打ち込めますね。そういう支援があったので、那須烏山に住んでよかったなと思います。

 ~ インタビューを終えて ~
 今回、普段見れない製造業の現場を取材させていただき、大変貴重な機会となりました。
他では製造が難しい部品も小沢製作所で取り扱っているとのこと。このような会社が那須烏山市にあるというのに驚きましたし、住民の一人としても誇りに感じました。また、こういった高い技術を持った会社があることを、市内の方がどれだけ知っているのかな?とも思いました。

 後継者がいないといった製造業の現状は、那須烏山市だけでなく日本全国で起こっていることだと思います。
その中で、県外の同業者の方と今でも繋がって切磋琢磨しているのも頼もしいです。また、外との交流も大事だなと感じました。

 今回、現場を見ながらお話を聞かせていただき、日本の製造業はこういった町の中小企業が支えているのだと改めて実感しました。
そして、技術と品質を受け継ぎ守っていこうとする人がいる、これは市の産業を支えていくうえでもとても重要だと思います。

 また、お子さんを安心して育てていける環境があるから仕事に集中できる、という話も印象的でした。小澤さんの話を聞いて、私も初めて市の福祉支援が充実していることを知りました。
当事者になってみないとなかなか分からないことです。今回お話してくださり、とてもありがたかったです。

 安心して子育てしながら、これからも小沢製作所を盛り立てていってほしいです!
小澤さん、お忙しいところお時間いただき、本当にありがとうございました。

えのもと

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東京生まれ埼玉育ちの元OL。
栃木県那須烏山市 地域おこし協力隊の一人。
お米と猫と洋楽が好き。好きな海外バンドが来日すると弾丸で上京します。

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