インタビュー

30代・Uターン・後継ぎインタビュー第四弾!【御菓子司ひらさわ・パティスリーヒラサワ4代目 平澤諒太さん】

【30代・Uターン・後継ぎ インタビュー! 第三弾】

御菓子司ひらさわ・パティスリーヒラサワ 平澤諒太さん

 お菓子作りも音楽も自分を表現する場。
 情熱を持って作ったもので、お客さんを楽しませたい。

御菓子司ひらさわ・パティスリーヒラサワ4代目 平澤諒太さん

 那須烏山市にお店を構える「御菓子司ひらさわ・パティスリーヒラサワ」。和菓子と洋菓子のお店です。昨年創業90年を迎えた平澤菓子店。こちらの4代目が平澤諒太さんです。
 お客さんに楽しんでもらうことを一番に考え、日々お菓子作りに取り組んでいます。また、音楽が趣味の平澤さん。演奏や曲作りも仕事に活かしています。お菓子作りと音楽と、創作活動に対する熱い思いを聞かせていただきました!
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御菓子司ひらさわ・パティスリーヒラサワ

プロフィール
栃木県那須烏山市生まれ。宇都宮高校卒業後、東北大学理学部数学科へ進学。卒業後、IFC製菓専門学校で菓子作りを学ぶ。高根沢町の洋菓子店で5年修業。その後、家業を継ぐため那須烏山市へ戻る。平澤菓子店では洋菓子を担当。
趣味は音楽。ブルーグラスと呼ばれるカントリー系の音楽でマンドリンを担当。演奏だけでなく作曲も手がける。

基本、自分で美味しいと思ったものしか出さないです。

●お仕事についてお聞きしたいのですが、平澤さんで何代目なんでしょうか?

 自分で4代目です。昨年創業90年を迎えまして、今年で91年目です。
元は和菓子がメインのお店でして、外から見ていただくと分かりますが、お店構えも和風の作りです。今は和菓子、洋菓子半々くらいでやっています。
洋菓子は自分の代から本格的に始めました。メニューも自分で考えています。和菓子は父が担当、洋菓子は自分が担当と完全分業でやっています。

 ― 創業90年!歴史を感じますね。お父様が和菓子、平澤さんが洋菓子と、担当が決まっているのですね。―

●お店の自慢やこだわりは?

 元々和菓子のお店なので、和材料を使った商品が多いところです。
洋菓子にも「抹茶」「きなこ」「柚子」「ほうじ茶」「黒糖」など使っています。あとは、カラーとか見た目でも楽しめるように心がけています。

 ― 確かに。こう見ると和素材を使ったスイーツ多いですね!ほうじ茶フィナンシェなんかも珍しいですよね。 ―


●平澤さんのおすすめ商品は?
 季節ごとの旬のスイーツがやはりおススメですが、定番商品の「ミルクボー」もおススメです。ホワイトチョコを使ったスポンジを使っています。あと「マカロン」もおススメですね。 
その月ごとに1か月の予定を立てるんです。旬のものを使ったメニューを考えて。なかなか難しいですが。
定番の商品と旬のものとバランスを見てその日のラインナップを考えます。定番と旬のものと半々くらいですね。あとは日々の天候も考慮しますね。

お店のポップは平澤さんや奥様が書いているそうです。

ポップの絵やケーキなどに使われている装飾品がとてもかわいいです♪

●平澤さんが個人的に好きな商品はありますか?
 個人的に好きなのは「雅 ~みやび~」です。やはり黒糖や抹茶やきなこなどの和素材を使ってます。自分でもたまに食べたり。用意しながらつまんだりします(笑)
基本、自分で美味しいと思ったものしか出さないです。

 ー 当たり前ですけど、それ、すごく大事ですね。自分が美味しいと思ったものしか出さない。お店に並んでいる商品はすべておススメということですよね。 ―

●マルシェやお祭りにも出店していますが、メニューは変えたりするんですか?

 定番商品にプラスして、そこでしか買えないイベント限定商品も出しています。どうせだったら差別化したいなと。
イベントの時でもお店は開けなければいけないので大変なんですが、ご要望があればできる限り出たいと思ってます。しょっちゅうは出れないですが、普段お店にこない人も来ますし、新しい出会いの場として楽しみです。
イベントのライブ感が好きですね。

イベント出店時の平澤さん。「木漏れ日マーケット」に出店時の様子です。この日、午後にお邪魔したらすでに売り切れていた商品もありました!

大学進学もサークルも自分の意志じゃないんですけど、結果いい方向に行ってる感じですね(笑)。

●地元を離れた経緯は?

 高校卒業後、大学進学を機に地元を離れました。
大学に進学したのは人に勧められて。自分の意志じゃないんです(笑)。数学が好きだったので、先生から東北大学がいいんじゃないかと勧められて。特別「この大学に行きたい!」というこだわりもなかったので、じゃそうしようかな、という感じで。

 大学時代はサークル活動にのめり込んでましたね。「ブルーグラス」というカントリー系の音楽サークルに入ってマンドリンを弾いていました。このサークルも自分からではなく友人に誘われてなんとなく入ったんですけど、ハマっちゃいまして!音楽は今でもずっと続けています。年に何回かサークルの仲間と集まって東京や仙台でライブもしています。

 大学進学もサークルも自分の意志じゃないんですけど、結果いい方向に行ってる感じですね(笑)。正直、自分の人生、流され流されなんですが、自分は流された方が合ってるのかなと。

 ― 流されているけど、それが結果いい方向に向かってたり、新しい出会いにつながったり、流れに上手く乗っている感じですね。 ―

大学時代に始めたマンドリンは今でもずっと続けているそうです。自分で作曲も手がけており、かなりの腕前!弾きなれたマンドリンがとてもしっくりきていました。

●戻ってきたのはいつですか?

 大学を卒業後、お菓子作りを学ぶために戻ってきました。栃木県内のお菓子の専門学校に1年通いまして。在学中に高根沢町の洋菓子屋さんへインターンとして修業に行きました。卒業後もそのお店で5年間働いていたのですが、親からそろそろ家に戻ってきてもいいんじゃないかとプレッシャーがかかりまして(笑)。それで戻ってきました。
●高校卒業後、すぐにお菓子の専門学校へは進学しなかったんですね?
 中学生くらいから家業を継ぐもんだと思ってて、正直、高校もどこでもいいやと思ってたんです。
そしたら周りから、「もっとがんばれ」みたいに言われまして(笑)それで宇都宮高校へ。で、もう勉強はいいかな~と思ったのですが、また周りから「行けるとこまで行こうよ!」と言われまして。自分でも一回、外の世界を見た方がいいかなと思って進学しました。全く関係ない世界を見てこようと。結果的に、外に出て本当によかったです。

●家業を継ぐ以外に別のことがしたいとかなかったんですか?

 長男ですし、周りからも「継ぐんだろうね」と言われてましたし、「継ぐんだろうな」と自分でもヒシヒシと感じてました(笑)。
将来の目標とか思いつかなくて。他に浮かばなくて。家が自営業という環境で育ったんで、これしか分からないんです。親戚も商売をしている人ばっかりで自営業の世界しか知らなくて。他のことが分からない。サラリーマンとかイメージ湧かなかったんです。勤めるっていうのが想像できなくて。

 ― なるほど。私は逆にサラリーマン家庭だったので、自営業の世界が分からないです。おもしろいですね。 ―

お店のロゴも平澤さんが自らデザインされたそうです。音楽のヘ音記号がモチーフになっています。

帰ってきて同じ空気、同じ風景があって安心感があります。
と同時に危機感もありますよね。

●街について、以前と変わったところ、変らないところはありますか?

 ほぼ変わってないと思います。お店ができたり、なくなったりとかありますけど、そういう小さな部分では変わってるのかもしれないけど、大きな流れは変わってないんじゃないかと感じます。
●一旦、外に出たからこそ感じるいいところ、課題と感じるところは?
 ここが出身なんで、帰ってきて同じ空気、同じ風景があって安心感があります。と同時に危機感もありますよね。「やばい、何も変わってない。」みたいな。単に一時的に実家に帰るだけだったらいいですけど、ここに暮らしているんで。
これからも暮らしていくので、このままでいいんだろうか?みたいに感じました。

 大学時代は仙台にいたんですけど、たまに行くと自分が居たころと全然違う。
学生の頃に比べて建物が全く様変わりしてたり、地下鉄もできて街の形状が変わって人の流れも変化してて。人口や街の規模が違いますけど、ここ(那須烏山)は30年変わってないぞって思う。

 ― それって一旦出たからこその視点ですね。変わらないから安心、と同時に危機感も感じると。 ―

 駅も変わったりしましたが、あれはあれでいいと思います。
昔の風景が変わってしまって残念って思うのは、おそらくそこにいい思い出や懐かしさがあるからだと思うんです。思い出補正といいますか。昔駅前にカップ麵の自動販売機があったのですが、自転車の練習を駅前でしてて、自分もそこのカップ麺食べるのが楽しみだった。そうやって昔の方がよかったなと思っちゃうんだと思います。昔ながらの駅舎が良かったと思う人もいれば、明るく綺麗になったから新しくなって良かったという人もいますし。実際、駅舎もボロボロでしたからね。
 自分の子どもなんかは昔のことは知らないですし、今このときがスタートですから。「今」の景色が思い出になっていく。
伝統なんかもそうだと思いますが、守っていくには変わっていかないといけない所もあると思います。


●この街で働くこと、暮らすことについて思うことはありますか?
 人口減少は感じますね。どんどん減っていてやばいなと。
ただ、最近自分にも子どもが生まれて思ったのは、意外と若い人も子供もいるなと。
子供の数も減ってはいますが、思ったよりいるんだと感じました。
●事業を通じて分かる「この街ならでは」のことは?
 市内にうちのようなお店が多いですよね。和菓子洋菓子、人口に対してどちらも多い。
栄えていた当時はそれで成り立ったんでしょうね。その頃の名残を感じます。シャッター街になってしまったのも、城下町で元々の数が多かったからだと思います。それはこの商売をやっていて思いますね。

 ー 確かに和菓子店・洋菓子店ともに多いですよね。城下町の名残を今も感じますね。 ―

自分で創作したものを提供して楽しんでもらう。
それはお菓子も音楽も同じなんです。

●平澤さんの仕事に対する想いを聞かせてください。

 お客さんあっての商売。お客様にいかに楽しんでもらうかを一番に考えています。
そして自分がおいしいと思うものを出す。自分が「ん?」と思ったものは配合を変えてみたり、一旦なしにします。
食べることと研究することが好きなので、他のお店のスイーツを食べに行ったりもしますね。外に出ているときでも、スーパーなどで旬の素材を見てひらめいたことやアイデアなどはメモしたり。

 食べ物からだけでなく、音楽や風景など、いろんなところからインプットしてます。それを自分なりに噛み砕いて出す。そうでないと新しいものはできない。いいインプットがないといいアウトプットもできないですからね。美味しいもの食べて、いい風景見て、いい体験をして、それを全部自分なりのフィルターを通して出せれば最高ですね。

 ― いいインプットがないといいアウトプットができない。大事なことですね。 ―

 自分の趣味は音楽なんですが、実はお菓子と音楽は結構つながりがあるんです。
どっちも、いかにエンターテイメント性を出せるかを考えるので。
自分で創作したものを提供して楽しんでもらう。それはお菓子も音楽も同じなんです。
それに、お菓子づくりと音楽、どちらも相乗効果があります。音楽で得たものをお菓子に反映させたり、音楽を聞いてイメージしたものをお菓子に出したり。
お菓子の考え方を音楽に持ってきて、作曲やライブの演出に活かしたりもしますね。

 例えば、ケーキ一つを曲に見たてて、味の変化がどう変わっていくかを考えたりします。
Aメロがあって、Bメロがあって、サビがあって、というのをお菓子の味の変化にも取り入れる。
お店をやっていること自体もライブみたいな感じです。
 その日のお菓子のラインナップがセットリストみたいな。その都度その都度自分の気分で変えたり、お客さんによって変えたり。ライブも定番の曲がありつつ、新曲もあったりしますが、お店のラインナップも定番の商品がありつつ、新作のお菓子を並べたりとか。見た目も大事なのでお店全体やショーケースのカラーを考えます。これも音楽と似てて、曲にもカラーがありますからね。

 ― お菓子作りと音楽、表現という面から見るとこんなに共通点があるんですね。おもしろいです。 ―

 自分にとって、お菓子作りも音楽も表現の場なんです。
どちらもお客さんあっての表現。自分だけ満足してもお菓子を美味しいと言って食べてくれる人がいないと意味ないですし、音楽も自分の演奏を聴いていいなと思ってくれる人がいないと意味ないですからね。
お客さんに楽しんでもらえて、自分も納得できるようなものを作っていきたいです。

 ー 根っからの職人肌ですね。 ―

ドラえもんと烏山線アキュム。お客様の要望にはできるだけ答えたいとおっしゃていました。

デコレーションケーキはお客様のご要望に沿って、平澤さんが自ら描いています。

お客様の要望で『次元大介』の絵を手書きで描いたデコレーションケーキ(写真)。すごいクオリティです!

たくさん感動したいんです。
大なり小なりこれからも感動を味わって生きていきたいですね。

●最後に今後やりたいことを教えてください。

 お菓子と音楽の融合したイベントがしたいです。
どっちも楽しめるようなイベントとかできたらいいな、と思います。音楽を聴きながらスイーツバイキングとか。
例えば何か一つテーマを決めて、それに合った曲とお菓子を出すとか面白そうですよね。スイーツライブフェス!みたいな(笑)

 市内のイベントでステージとか出たいんですけど、店が忙しいんでなかなか出れないんで。
メンバーが東京や仙台なので、集めるのも難しいんですよね。出たいのは山々なんですけど、本業に支障きたしちゃうと本末転倒になっちゃいますからね(笑)
でも音楽はこれからもずっと続けていきたいですね。一度、音楽活動を控えたときがあったのですが、そしたら心の不調がすごくて。音楽がないと鬱っぽくなってしまいます。音楽が、本業のお菓子作りにもプラスになっているんです。
お菓子作りも音楽も、どちらも感動を味わえる。
たくさん感動したいんです。「感動」って感情を動かす、ですからね。
大なり小なりこれからも感動を味わって生きていきたいですね。


~ インタビューを終えて ~
今回、平澤さんにお話聞かせて頂いた中で、「人に勧められて」とか「誘われてなんとなく」とおっしゃっていましたが、流されているようでその流れに上手く乗っているのがとても印象的でした。
 きっかけは自分の意志ではないけど、流れに身を任せていい方向へ向かっていく、その肩ひじ張らず柔軟なところが自然体でいいなと思いました。
 その一方で、自分が何が好きで自分にとって何が大事か、しっかり分かっているんだなと感じました。一見、おっとりしている感じですが、「感動して生きていたい」というように、創作活動に情熱を持った一面もあり、話を聞いている私も熱くなりました。
 お菓子も音楽もお客様あっての表現。食べて楽しんでもらい、曲も聴いて楽しんでもらう。ご自身が作ったもので楽しんでもらうにはどうしたらいいかを常に考えており、平澤さんは本当に職人肌だなと感じました。

 街については「変わっていないところは安心するけど、逆に危機感も感じる。」といった冷静な視点も持っておりました。こういった視点は、一度出て戻ってきたUターン者ならではな気がします。伝統も変わっていかないと守れない、という考えにもなるほどなと。また、子どもにとっては「今」がスタート、というのも印象的でした。

 平澤さんのお店は和と洋がうまく合わさって、並んでいる商品を見ているだけで楽しくなってきます。ご本人のお話を聞いてから、スイーツが一層おいしそうに見えてきました。実際、食べてみるととても美味しいです!見た目もかわいい♪ 個人的に、平澤さんがかわいいと感じるものが私にもツボでした!
ぜひ、みなさんも平澤さんが作ったスイーツ食べてみてください。
平澤さん、お忙しいところお話聞かせていただき、本当にありがとうございました。

えのもと

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東京生まれ埼玉育ちの元OL。
栃木県那須烏山市 地域おこし協力隊の一人。
お米と猫と洋楽が好き。好きな海外バンドが来日すると弾丸で上京します。

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