インタビュー

まちづくり課 佐藤課長インタビュー

市役所 まちづくり課 佐藤博樹課長 インタビュー

 

  新しくできた課だからこそ、できることがある。

 「まちづくり課」最初の課長のまちへの想い。


 

◆なぜ役場へ努めようと思ったのですか?◆

最初は教師志望で、教員を目指していたのだけど、教員採用試験に落ちてしまった。
次の年も受けようと思ったんだけど、合格者の中に自分と同姓同名の人がいたんだよ。
県内で同い歳で同姓同名、なかなかいないよね。これを見たとき、もう一人の「佐藤博樹」が自分の想いもかなえてくれるだろうと思った。
『こいつが俺の分までやってくれる!』と思って、自分は市の職員として頑張ろうと決意した。
じいちゃんが国家公務員、親父が県職員、自分が市職員となって、代々公務員の家系なのかなと思うよ。 

 

◆生まれも育ちも那須烏山市ですが、他の土地で暮らしたいと思ったことはありますか?◆ 

大学進学で一度、県外(埼玉県)へ出たけど、元々長男が親の面倒を見る、というのが強くあったから戻るのが普通だった。
だから、那須烏山へ帰ることに悩むことはなかったな。
おじいちゃん、おばあちゃんっ子だったし、家族みんなで住んでいて、自分もそうしたかったからね。

  

◆昔と今と、街の中で変わったところ、変わらないところはどんなところですか?◆

街の基本的な道路は変わらないね。けど、建物が整備されたから景観は変わった。
俺が学生のころは、水川公園の辺りは崖だったんだけど、昭和63年に市に就職してから工事が始まって平成6年の頃に今のように整備されたんだよ。
ベイシアへ向かう通りも昔はなかったし、興野大橋もなかった。
あとは、タバコが主な産業だったから、タバコ畑が多かった。
元電気屋のコジマがあった辺りなんかもタバコ畑だったし、今のベンチャープラザがある場所は以前はJAのタバコの会社だった。
旧烏山町は県の出先機関とかもあって、けっこう栄えていたんだよ。
景観は変わったけど、街のにおい、雰囲気なんかは変わってないと感じるね。

◆課長は日野町の方ですが、山あげ祭には子供の頃から関わっていたのですか?◆

小さい頃は直接参加はしてなかった。親父も県の職員だったから、市の行事にはあまり関わってなかったし、お囃子とか聞こえてくると『あ、今年もやってるな』くらいだったかな。
若衆デビューしたのは、就職が決まってこっちに戻ってきてから。社会人になってからなんだよ。
若衆さんにも主に二通りあって、一年通して活動している本当の若衆さんと、祭りの時期だけ手伝う若衆さんがいて、自分は祭りの時期だけ参加する若衆の方だった。
若衆デビューしてケガをして、世話人さんにお世話になったこともあるよ。
同級生の中には本当の若衆がいたので自分も参加しやすかったし、同級生がいることで楽しめたね。
あと、野球をやっていたし、消防団にも入ったりして、そういう活動で自然と地域には溶け込んでいったかな。 

 

◆「まちづくり課」は新しい課ですが、最初の課長となったときどう思いましたか?◆

最初は俺でいいのか?と思った。まちづくり課の前は総務課で人事行政を担当していたんだけど、まちづくり課に配属になるメンツを見て、このメンバーなら面白いことがやれそうって思った(笑)。
この課は何をやるか明確にない。だからこそ、思い切ってできる部分もある。
行政は新しいものを作り出すのが難しいし苦手。でもまちづくり課は自由な発想ができる課。
おもしろい仕組みや仕掛けができると思っている。
ほかの課で出来なかったことをこれからやっていきたいし、まちづくり課が他の課や職員にもいい影響を与えられたらいいね。
今は次年度に向けて土台を作っている段階だな。

  

◆まちづくり課だけでなく、役場(行政)はまちづくりに対して今後どんな役割があると思いますか?◆

これからは市民主導のまちづくりが必要。行政は今まで過度なサービスをしすぎた。
そして、職員も市民の一人だという意識が大事。昔から言ってはいるけど、意識づけができていない。
市民の中でもやっと自ら主体的に動く人が出てきた。だからそこをサポートするのが今後、行政の役割だと思っている。
事務処理のスキルは高いから、会計処理とか得意分野で市民団体のサポートもできると思う。
あとはOBが果たせる役割もあるから、若い職員をOBがサポートしたり、OB会が他の市民団体と連携することもできる。役場を去ったOBの役割も活かせると思う。

 

◆那須烏山市を今後どんなまちにしていきたいですか?◆

居心地がいいってどういうことかな?って考えたとき、人のつながりが充実していることだと思った。
お節介したりしなかったり、自分の子供の頃も近所のおばちゃんが面倒みてくれていて、それが安心や安全につながっていた。
そういうのを受け継いでいきたい。
今は知らない人に話しかけない、ついていかない、とかそういう教えだけど、昔のように挨拶を交わしたり、地域の人との繋がりで和むようなまちにしていきたい。
あとは、今のまちの若い人も残りたい、戻りたい、という人が多いんだよね。
戻ってきたい人、戻ってきた人に対して何ができるか、それを考えるのも重要。
理解のある大人が若者をサポートする側へどんどん回ってほしいね。

◆これから課長がやりたいことを教えていただけますか?◆

元々教員志望だったこともあって、自宅の周りの子供たちを集めて勉強を教えたり、そういう寺子屋みたいな活動を自治会館とかでできればと思っている。
そこをお年寄りなんかも集まれるような場所にして、世代を超えたつながりを作っていきたい。
そういう繋がりが心の充実になると思うからね。 

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インタビュアーから一言

地域おこし協力隊が所属する課でもある『まちづくり課』の佐藤課長。私たちも日頃大変お世話になっています。
やさしくて理解のある課長の元で私たちも自由に活動ができていると思います。
新しくできた課であり、また『まちづくり』といった明確な答えのない難しい課題を受け持つ課として、大変な面もあると思いますが一緒に新しい風を吹かせればと思います。
昔の街並みなども聞けてよかったです。頭の中で以前の街並みをいろいろ想像してみたり。
佐藤課長、お忙しいところありがとうございました。

えのもと

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東京生まれ埼玉育ちの元OL。
栃木県那須烏山市 地域おこし協力隊の一人。
お米と猫と洋楽が好き。好きな海外バンドが来日すると弾丸で上京します。

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